身体と私

アクセスバーズ・リラクセンスボディセラピーセラピスト、コーチカウンセラー

横田です。

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無限の存在の私たちがいて、

有限の存在の身体と生きている

身体があるから、いろいろなところに行って

有限の出来事に感動したり、悲しんだりできる

自分の存在=身体 では無い

 

そこから見たら、

可哀想という言葉は、そのことを知らなくて可哀想

社会が悪いという言葉は、そのことを教える術を社会は持っていなくて悪い

 

 

本当は自分自身が知っている

思考に占領されない、気づきを持てる問いかけを

身体が、自分と別の存在だとしたら、

 

身体のために今日どんな選択をする?

 

読む人によっては抽象的な言い方かもしれませんが、

ネットのニュースを見て、感じたこと。